日本の住宅の省エネ基準と断熱性能は世界から大きく遅れを取っていますが、その日本が目指す「ZEH」(ゼッチ)という省エネ基準について「必要ない」という意見もあるようです。
日本の現在の「平成28年省エネ基準」の断熱等級4(UA値0.87以下)ではダメなのでしょうか?
今回は注文住宅を建てる上で、断熱等級5相当のZEH基準を満たすことによるデメリットやZEH住宅の日本の普及率についてご紹介します。
ZEH基準住宅とは
ZEHとは「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス」の略で、太陽光発電などで作ったエネルギーと住宅で使用するエネルギー収支のバランスをゼロにす住宅のことを言います。ZEHなど省エネ基準を満たした住宅では断熱性能に優れ、冷暖房器具を使わなくても年中通して快適に暮らせ、光熱費を節約、CO2の削減にもつながります。
また、断熱性能が低い住宅では部屋ごとの気温差が大きくなるためヒートショック(心筋梗塞や脳卒中といった循環器系疾患)の発症リスクが高まるとされています。
冬季死亡増加率と住宅の断熱性能の関係は国交省の下記の記事が参考になります。
(参考:国土交通省断熱改修等による居住者の健康への影響調査)
ZEH基準住宅が普及しない理由とデメリット
省エネや健康にとっても優れたZEH基準住宅ですが、まだ日本ではあまり普及していません。
2020年でのZEHの普及率は24%となっており、政府の2020年までの目標50%には達していません。
(※出展:経済産業省・環境省2021年度の戸建住宅におけるZEHの普及状況より)
2021年の注文住宅では26.7%と少しずつ上がってきてはいますが、まだまだ低い普及率です。(建売住宅は2.6%)
日本でZEHが普及しない理由としては、主に次のようなことが考えられます。
建築コスト・メンテナンス費用
ZEH住宅が普及しない理由として一番多い理由がコストの問題です。
壁や屋根、床、窓などを断熱構造にしたり、発電するための太陽光パネルや蓄電池などの設備を導入すると、当然従来の住宅に比べて建築コストやメンテナンスなどの維持コストが高くなってしまうため、まだまだ必要ないと感じる人が多いようです。
初期投資費用が高い上に、投資回収年数が長いのも理由です。建築コストの目安としてはグレードにもよりますが、35坪の住宅をZEHにすることで約プラス300万円程度高くなります。
太陽光発電システムや蓄電池などのメンテナンス費用は大よそ35年で50~70万円程度、エネルギーコストの年間収支は下記のようになります。
(※経済産業省・環境省ZEHの普及状況と課題より)
間取りやデザインの制限
ZEHを導入することで、窓を少なくしたり、部屋の仕切りを多くしたり、リビングやダイニングを狭くするなど、デザインや間取りの制限が出ることがあります。
日本では多くの人が省エネルギーを重視するよりも、間取りによる快適さやデザインなど他の要素を優先する傾向があり、住宅の省エネルギーに関する意識の低さがあります。
認知度の問題
快適性、環境保護の観点での省エネの重要性、世界の基準、健康上のリスクといったZEHに対する理解や、そもそもZEH基準住宅の存在すら知らないことも普及しない原因の一つです。ただし、2021年10月の閣議決定で政府は、ZEHの普及促進に向けて取り組んでおり、
「2030年度以降新築される住宅について、ZEH基準の水準の省エネルギー性能の確保を目指す」
「2030年において新築戸建住宅の6割に太陽光発電設備が設置されることを目指す」
という目標を掲げています。
(参考:資源エネルギー庁ZEHの普及に向けた政府目標)
リクルートが実施した2022年の調査結果ではZEHの認知度が77.4%にまで上がったというデータもあり、大手ハウスメーカーのZEH商品の強化や後述する2025年の省エネ基準適合義務化により、日本でも今後は少しずつ認知度も高まっていくでしょう。
世界の省エネ基準と日本のZEH基準
日本の現在の「平成28年省エネ基準」では、断熱等級4(Ua値0.87以下)となっていますが、前述のように欧米の水準では「0.28~0.38」が当たり前です。
具体的には、イギリス、フランスなどの寒い地域だけでなく、日本の気温と似ているトルコやイタリアはもちろん、温暖なオーストラリアやニュージーランド、メキシコまでもが日本よりもずっと厳しい基準となっています。
(※参考:住宅・建築SDGs推進センター海外における省エネ規制・基準の動向より)
日本の地域ごとの基準値
住宅の断熱性能を表したUA値(外皮平均熱貫流率)という数値があり、外皮性能が高い(UA値が低い)と外気温の影響を受けにくくなり、冷暖房も少ない稼動で設定温度を保てます。欧米の水準ではUA値「0.28~0.38」(低いほど高性能)ですが、日本での関西の基準は「0.87」、北海道でも「0.46」(断熱等級6)とかなり遅れをとっています。
このUA値は地域の気温によって必要な性能が変わってくるため、日本では北海道から沖縄まで8つの地域ごとに基準値が定められています。
UA値が住宅の熱が外皮(屋根、壁、床、窓など)から外部へどれだけ逃げやすいかを表す数値(述べ床面積から計算する場合はQ値)なのに対し、表にある「ηAC(イータエーシー)値」とは冷房期の平均日射熱取得率のことで、住宅の外皮から内部へどれだけ熱が侵入するかの冷房期の指標です。いずれも断熱性能を表します。
ちなみに、暖房期の平均日射熱取得率は「ηAH(イータエーエイチ)値」と言います。
断熱等級とUa値(カッコ内はQ値)
地域区分 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 日本の省エネ基準 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
北海道 | 岩手・青森など | 東北・長野など | 関東~九州北部 | 宮崎・鹿児島 | 沖縄 | ||||
断熱等級1 | 無断熱または等級2に満たないもの | – | |||||||
断熱等級2 | 0.72(2.3) | 1.21(3.6) | 1.47(4.3) | 1.67(4.8) | 2.35(6.7) | – | ※昭和55年省エネ基準 | ||
断熱等級3 | 0.54(1.8) | 1.04(3.2) | 1.25(3.7) | 1.54(4.5) | 1.81(5.2) | – | ※平成4年省エネ基準 | ||
断熱等級4 | 0.46(1.6) | 0.56(1.9) | 0.75(2.4) | 0.87(2.7) | – | ※平成28年省エネ基準 | |||
断熱等級5 | 0.4(1.5) | 0.5(1.7) | 0.6(2.0) | – | ZEH基準 | ||||
断熱等級6 | 0.28(1.1) | 0.34(1.3) | 0.46(1.6) | – | HEAT20 G2相当 | ||||
断熱等級7 | 0.2(0.9) | 0.23(1.0) | 0.26(1.1) | – | HEAT20 G3相当 |
(令和元年11月16日、沖縄の8は「3.2」から「6.7」に改定)
(※地域区分については一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)のHPを参照)
快適な家にするためには断熱性能の他に隙間の大きさを表すC値(相当隙間面積)も重要です。C値とは隙間風がどれだけ入ってくるかを表す数値で小さいほど高気密で、日本の一般的な住宅のC値は5.0~2.0、30年以上前に建てられた住宅は10.0程度です。
UA値だけが優れていても快適な家にはならないので、UA値とC値のバランスが重要です。
一般的には断熱等級6以上の住宅はC値1.0以下を達成しており、高気密住宅と言われます。(断熱等級7でC値0.2)
C値が1.0以下になると、間取りや立地によってはエアコン一台で家全体の冷暖房をまかなえるようになります。
日本の省エネ基準の歴史
前述のように現在の日本の省エネ基準については欧米と比べとてもかなり遅れており、1970年に初めて住宅金融公庫仕様書に断熱材について記載され、1980年になってやっと「省エネルギー基準」が制定されました。その後何度か改定され、現在の断熱等性能等級4相当の「平成28年省エネ基準」となっています。
日本の省エネ基準の歴史は下記のようになっています。
1980年(昭和55年) | 「省エネルギー基準」制定(旧省エネ基準)(断熱等性能等級2相当) |
---|---|
1992年(平成4年) | 「新省エネ基準」に改定(断熱等性能等級3相当) |
1999年(平成11年) | 「次世代省エネ基準」に改定(断熱等性能等級4相当) |
2013年(平成25年) | 「平成25年省エネ基準」に改定(断熱等性能等級4) |
2016年(平成28年) | 「平成28年省エネ基準」に改定(断熱等性能等級4) |
2025年(令和7年) | 省エネ基準適合義務化予定(断熱等性能等級4) |
2030年(令和12年) | 適合義務基準引き上げ予定(断熱等性能等級5) |
今までの省エネ基準では努力義務の範囲でしたが、脱炭素化に向けて2025年には断熱等性能等級4相当の省エネ基準の適合が義務化され、2030年には、ZEH基準(断熱等級5)に引き上げられる予定です。
今後、日本でも省エネルギーに対する意識の高まりや環境保護に関する世界的な動き、既に起こりつつある気候変動の影響などで、ZEH基準住宅の普及が進んでいくでしょう。
ZEH基準住宅で利用できる補助金制度
省エネや健康の観点からも優れたZEH基準住宅ですが、前述のように建築コストが高くなる問題があります。
しかし、これからZEH基準の注文住宅を建てる人やZEH基準の新築を購入する方には、補助金の他、住宅ローンの減税や金利の優遇措置があり、これらを上手く利用すれば建築コストを抑えられます。
ZEH・ZEH+化等支援事業の補助金
ZEH補助金額
補助金額はZEHで55万円(/戸)、ZEH+・次世代ZEH+で100万円(/戸)です。
区分ごとにそれぞれ下記の設備を導入することで追加補助があります。
- ZEH
蓄電システム kWhあたり2万円(経費の1/3と20万円のいずれか低い額) - ZEH+
蓄電システム kWhあたり2万円(経費の1/3と20万円のいずれか低い額)
直交集成板(CLT) 90万円(/戸)
地中熱ヒートポンプシステム 90万円(/戸)
液体式PVTシステム 65万円(/戸)もしくは80万円(/戸)
空気式PVTシステム 90万円(/戸)
液体集熱式太陽熱利用温水システム 12万円(/戸)もしくは15万円(/戸) - 次世代ZEH+
蓄電システム kWhあたり2万円(経費の1/3と20万円のいずれか低い額)
太陽熱利用温水システム 液体式17万円(/戸) 空気式60万円(/戸)
V2H充電設備(充放電設備) 補助対象経費の1/2(又は75万円のいずれか低い額)
ZEH補助金の条件
SII(一般社団法人環境共創イニシアチブ)登録のZEHビルダー、またはZEHプランナーが設計・施工・販売する新築のZEH住宅を購入する人、または建てる人。また、そのZEH住宅に常時居住する人。
- UA値0.6以下
- 省エネ設備の導入
- 太陽光発電の設置
- 消費エネルギーの100%(※ZEH+は75%以上)以上をカバー
補助金は予算が決まっているため認定は先着順になります。
着工前にハウスメーカーや工務店などに相談して早めに申請しましょう。
令和5年のZEH補助金の公募スケジュール
ZEH支援事業、次世代ZEH+、次世代HEMSいずれも、一般公募(一次)期間は、4/28~11/10となっています。
(※ZEH支援事業の二次公募期間は、11/20~1/9)
詳しくは、SIIホームページのZEH支援事業 公募情報をご確認ください。
その他の併用できる制度や補助金
ZEHの補助金とは別に併用できる制度として、外構部等の木質化対策支援事業の補助金や電気自動車や燃料電池自動車の外部給電機能の活用を目的としたV2H充放電設備の購入に利用できる「V2H補助金」、蓄電池の導入に利用できる「蓄電池補助金」などがあります。その他、各自治体独自の補助金なども併用可能です。
上記に加えて住宅ローン減税等の税制優遇や長期優良住宅に認定されれば固定資産税の減額期間が5年間に延長されます。
また不動産取得税が3%に減免(※令和6年3月31日まで)されます。
国が実施する「グリーン住宅ポイント」や「地域型住宅グリーン化事業」「こどもエコすまい支援事業」の補助金は併用できません。
住宅ローン減税
2022年より住宅ローン減税が4年間延長され、住宅ローン残高の0.7%が最大13年間、減税されます。上限は省エネ性能により異なります。
(参考:国税庁住宅の新築等をし、令和4年以降に居住の用に供した場合(住宅借入金等特別控除))
住宅は高性能であればあるほど良い?
普及を推進されているZEH住宅。
健康の面でも、環境の面でもZEHのメリットはたくさんありますが初期費用が高くなるなるのも事実。家は建てた後もメンテナンス費用がかかってくるため、生涯の暮らしを考えた予算感の中で、規模や仕様などを選択していくことが大切かと思います。
ZEHをお考えの際は、補助金を利用し賢く建築されることをお勧めします。
2014年に一級建築士を取得、「株式会社 栄」の代表取締役として主に京都・滋賀にて街づくりに携わっています。
株式会社栄は昭和33年の創業時、大工を数人抱える工務店から始まり、地域の皆様の応援から、現在までに土木・不動産部門を用する総合建築会社として形を変えてきました。
長年培った技術と知識から、暮らしの本質を見極めた空間・デザイン・素材を追求、注文住宅についての役立つ情報をお届けしていきます。